「もうね、だめです、、、」
画面に出たその一文を見て、思っていたよりも少しだけ胸が詰まった。
続けて届いたのは、
「明日また病院いってくる、、」
それだけだった。
詳しいことは書いていない。でも、書く余裕がないんだろうな、ということはなんとなく分かる。
こういうとき、なんて返すのがいいんだろう。
「大丈夫?」と聞くのも、少し違う気がする。
「無理すんなよ」だけだと、雑に見えてしまいそうで嫌だった。
ちゃんとした言葉を探そうとすると、だいたい変になる。気を遣っているつもりなのに、どこか不自然になる。
少し考えて、結局いつもの感じで送った。
「体調悪いっすか〜…」
送信してから、ちょっと軽すぎたかもしれないな、と思う。
慌てて、もう一行足した。
「本当しんどそうですね〜…^^;」
間違ってはいないはずだ。たぶん、気遣っていることも伝わる。
でも同時に、どこか“外から見てる感”があるのも分かっていた。
本当は、もう少しちゃんと寄った方がいいのかもしれない。
だけど、どこまで踏み込んでいいのかが分からない。
近すぎず、遠すぎずがいちばん難しい
友達ではある。だけど、何でも言い合えるほど近いわけでもない。
かといって、他人みたいに距離を取るのも違う。
この中途半端な距離が、いちばん難しい。
心配している。力になりたいとも思う。けれど、相手がしんどいときほど、こちらの「何かしてあげたい」が押しつけになることもある。
そんなことを考えると、言葉はどんどん慎重になる。
- 踏み込みすぎたら負担になるかもしれない
- 軽すぎたら冷たく見えるかもしれない
- でも黙っていたら、気にしていないようにも見える
どれも違う気がして、結局うまく言えなくなる。
できることは、案外少ない
結局、できることはそんなに多くない。
状況を変えることもできないし、代わりに何かしてあげられるわけでもない。体のしんどさも、不安も、こちらが引き受けられるものではない。
だから、せめて。
“気にしてる側にいる”ということだけは、ちゃんと伝わる位置にいようと思った。
少しだけ時間を置いて、もう一度画面を見る。
さっき送ったメッセージは、やっぱり少し軽すぎた気がした。
一行だけ足す。
「無理しないでくださいね」
これでいい気がした。
踏み込みすぎず、でも放置でもない。相手に返事を強制しないまま、ちゃんと気にしていることだけは残せる言葉だった。
やさしさは、正しさよりも温度かもしれない
こういうとき、正解の言葉なんてたぶんない。
ものすごく気の利いた一文よりも、少し不器用でも「気にかけている」が伝わる言葉の方が、たぶん大事なんだと思う。
次の日も、きっと同じようなやり取りになる。
大きく良くなるわけでもなく、急に元気になるわけでもない。心配しても、できることの少なさは変わらない。
それでも、
「明日また病院いってくる」
そう言えている時点で、ちゃんと踏みとどまっているのだと思う。
そのときも、たぶん自分は同じことをする。
考えすぎて、でも結局シンプルな言葉に落ち着く。
「終わったら教えてくださいね」
ちょうどいい支え方は、余白のあるやさしさ
距離の取り方なんて、正解は分からない。
相手との関係性も、その日のしんどさも、言葉の受け取り方も、全部少しずつ違うからだ。
でも、ひとつだけ思う。
近すぎて負担になるよりは、少しだけ余白を残したまま隣にいる方がいいこともある。
何も解決できなくても、すぐに励ませなくても、相手が「ひとりではない」と思える場所にいること。それだけで十分なときもある。
たぶんそれが、今の自分にできる“ちょうどいい支え方”なんだと思う。